大人は赤子の心を失わず
たいじんはせきしのこころをうしなわず
「お、トシお帰り!」
よ、とばかりに陽気に手をあげているのを見ると頭が痛い。
真選組のトップともあろう人が呑気すぎる。
「近藤さん、アンタこんなトコで何やってんだよ…」
夏の昼下がり、暑いのはわかる。
だが何故に副長室に向かうこの縁側にドッカリ座り込んでタライに素足突っ込んでいるのか。
「いやートシ待ってたんだけど、あまりに暑いもんでついさ、」
にへ〜っとまったく悪気なく笑う。というよりいっそ誇らし気だ。
この分だとタライも自分で運び込んだに違いない。
「他にもっと涼しいトコあんだろ…」
文句言う気も失せる。
「ん〜、いやあ何だか昔を思い出してなぁ」
「ああ?」
「昔道場にいた頃はさ、こうやってよく皆で涼んだじゃないか」
「そんな事もあったな」
「どうだ、トシも?」
ポンポンと隣を叩く。
もしかしてそれは。
「俺に一緒に足突っ込めってか」
子供か、アンタはと溜息をつく。
遠くで誰かがぶら下げた風鈴の音がする。
「なあトシ」
三十路のオッサンが足をブラブラさせて縁側に座る図。
痛ましいことこの上ない。
「また来年もこうして過ごせたらいいな」
「…近藤さん、頭でも打ったのか?」
「酷っ」
よよよ、と泣き崩れるのがまた大袈裟だ。
「こうやって、縁側に座ってさ。のんびり話したり、皆でスイカ食べたり、花火したりしてさ」
そのままゴロンと縁側に寝転ぶ。
「こうやって暑苦しい制服を着ていてもさ」
寝転んだままこちらを見上げくる。
「変わらないでいてくれてありがとうな」
「行儀悪ィな近藤さんはよ」
すぐ傍にしゃがみこんでその額をペチと叩く。
「暴力ハンターイ」
「言ってろ」
「トシはさー、俺を甘やかし過ぎだ」
「はあ?」
それこそ本当にどっか頭打ったのかと覗き込むと近藤さんはちょっと悲しそうな顔をしていた。
「これ」
もそもそと懐から取り出した白い封書。
とっつあんから俺へ、近藤さんに渡される事のない指示書。
「…読んだのか」
受け取るとやはり封は切られているので、そのまま中身を速読する。
見られたのがこの程度の内容で良かったと気付かれないようにこっそり嘆息する。
視線を無視してそのまま指示書を畳む。
「ま、たまにはこんな事もあるさ」
更に突き刺さる視線は無視だ、無視。
「だいたいなんでアンタがコレ持ってるんだ」
「ぶーぶーぶー」
「おっさんがそんな事して拗ねても可愛くねえよ」
手にしたままの封書で数回ベチベチ額を叩いてやる。
「ホラ、さっさと吐け」
「ちょっとタンマ、タンマ!」
情けなく眉を寄せるので仕方なく手を止める。
再び覗き込んでみると今度はだらしない顔をして笑っている。
「やっぱりトシは甘やかし過ぎだ」
「……」
「今だって何気に俺に陰をつくってくれただろ」
「偶然だ」
即答しても変わらずニコニコしている。幸せそうな顔をした馬鹿につける薬はない。
やれやれ。
「礼を言うのはこっちだよ」
「うん?」
「アンタこそ、変わらないでいてくれてありがとう」
「…!」
「ま、俺達は昔からお互い様って事だ」
そのまま立ち上がるとガシと足首を掴まれた。
「トシ、入ってかないの?」
「それどう考えても、もうぬるいだろ」
「付き合い悪いぞ、トシ」
「…本当の事言おうか?」
「?」
「近藤さんの水虫がうつるから嫌だ」
「…今のが1番傷ついたんだけど」
「知るか」
しょぼくれて黄昏てる近藤さんを置いて背中に一言。
「俺はてっきりお約束のセリフを言って欲しかったのかと思ったぜ」
「おお、そういやそうだな。だがしかし、アレは防火用のバケツじゃないとイカン、
あと眼鏡の準備がな…」
「…勝手にやってろ」